50年前のことである。新任の地理の鈴木明徴先生は、教室に入ると自己紹介を始めた。「大学の理学部の地学の出身である」。地理は社会科の科目と思っていたぼくは、奇異に思った。
先生は持参した紙を配り始めた。手書きで用意したガリ版印刷だった。先生は社会問題、時事問題を取り上げて、ぼくたちに自分の見方をしゃべった。これは授業の都度、毎回続いた。教科書はいつも脇に置かれていた。
ぼくは先生から、学理は現実の中にあることを学んだ。ずっと後になって、ぼくも教師になった。図書館の隅で煤だらけになって、新聞の記事を探し、授業のたびに学生に配った。ぼくは鈴木先生のスタイルをまねたのである。それほど先生の授業は魅力的だった。(毎日新聞・首都圏版平成29年5月30日「母校をたずねる・静岡県立静岡高校・第9回」から転載)