~女子一期生、68期・荒谷じつ子さんに取材~
共学事始めについては『静中静高史』に詳述されており、一部が関東同窓会会報94号(22年12月号)で紹介されています。そこで女子生徒一期生の荒谷じつ子さん(68期)を訪ねお話をお聞きしました。とてもお元気で当時を振り返ってくださいました。(以降、荒谷さんのお話です。)
共学は人生を豊かにしてくれた
同窓会での交流に感謝
私たち68期が静高(当時城内高校)に入学したのは昭和24(1949)年4月。女子生徒一期生と呼ばれるとは思ってもいませんでした。戦後の混乱期で高校受験もなかなかまともなものではありませんでした。せっかく静高に合格したのに、地区割というのがありまして、1年目は城北高校に行きました。男子生徒も何人か城北高に入学しました。
ところが、1年後に、静高に入学した女子生徒が「城北高に変わりたい」、逆に城北高に入学した生徒の何人かは「静高に行きたい」と希望しました。
翌年には城北高の男子生徒はすべて静高に移動。他方、静高に入学した女子生徒の何人かは静高に残り、同時に城北高に入学した女子生徒の何人かも静高に移りました。
この結果、女子生徒一期生として8人と言うことができると思います。当初は毎日のように女子生徒のいる教室に男子生徒が覗きに来ました。その頃は男尊女卑の時代、ひどい言われ方もされました。でも男子生徒の中で勉強できたことはとても実り多かったと思います。その後の人生でも、特に同窓会などの行事などを通じて人生を豊かにしてくださったことに感謝しております。
筆者(清水)も関東同窓会イベントで荒谷さんはじめ多くの先輩との交流を通じて多くの想い出を共有しました。総会・懇親会、各期幹事会は勿論、博物館、美術館巡りや毎年のゴルフコンペも懐かしく想いだされます。荒谷さんからお借りした掲載写真はすべてカラー。会報紙面は自黒写真で残念ですが、どれも鮮明で、少年少女たちのまぶしい青春時代が甦ります。
荒谷さんとご一緒した箱根カントリークラブでのゴルフコンペ(1990年)は特に印象深く記憶に残っています。このコンペでは前の組でプレイしていた巨人軍のスター選手の長嶋茂雄さん、金田正一さんと歓談し、記念に写真を撮りました。掲載写真では、明るく闇達な荒谷さんが長嶋さんらとすぐにうちとけ楽しいひと時でした。
ますますお元気で! 同窓会イベントでお会いするのを楽しみにしています。
各期ごとの女子生徒数を調べたところ、68期の8人の後、69期に42人と急増。その後は70期から81期まで10人~20人台が続きました。82期に41人に増えた後は漸増し、99期に100人を突破しました。115期以降はほぼ150人超となり、全校生徒の4割以上に達しています。
私の77期は21人でしたから隔世の感! 数年前の野球応援では応援団長が女生徒。皆が切磋琢磨する時代を実感しました。
